潟Cンターソルはトルコ、ギリシャなど東地中海の国々への旅行を取扱う旅行会社です


古代ヒッタイト Hittite トルコ Turkey

 トルコの首都アンカラの西南、アナトリアの高原に古代ヒッタイト帝国の王都ハットゥシャシュ遺跡がある。地形を巧みに利用した台地状の高地で、自然の要害となっている。
 この地こそ、歴史上、初めて鉄を製造した民族、ヒッタイトの都であった。
 ヒッタイトは紀元前18世紀頃、アナトリア高原に現れ、大帝国を形成した。前13世紀には、大国エジプトと現在のシリアの地で衝突する。この戦の様子を、エジプトのファラオ、ラムセスは、彼の造営したルクソールなどの神殿に、自らを勝利者として、叙事詩とともに刻み続けた。
 近代になりエジプトの古代文字ヒエログラフィが解読され、ヒッタイトは俄然注目されることとなる。

 


写真上: 神々の行進
写真下: 大神に抱かれるヒッタイト皇帝

 いずれも、ハットゥシャシュの神域ヤズルカヤの自然石に刻まれたレリーフである。

 ヒッタイトの遺跡ハットゥシャシュとヤズルカヤはアンカラから日帰りで訪問できる。
 付近にはアラジャホユックの遺跡もある。
 またアンカラから、カッパドキアへ移動する際に、立ち寄ることもできる。

 現在、ハットゥシャシュは世界遺産に指定されている。


 ハットゥシャシュを都としたヒッタイトは、紀元前12世紀頃には衰退し、以後、東南アナトリアに移り紀元前8世紀頃まで、新ヒッタイト(後期ヒッタイト)として存続する。
 アンカラのアナトリア文明博物館のレリーフなどは、後の新ヒッタイト時代のものが多い。


アンカラ カッパドキア ゴルディオン

  

 自然石の岩盤に刻まれた古代ヒッタイト文字。風雨に侵され摩耗が著しい。
 この楔形文字は、ハットゥシャシュで発掘された幾多の粘土板により、20世紀初め、チェコ人フロズニーによって解読された。
 
 
 この地に過ぎていった数千年の時間への小さな想いは、大空と吹き渡る風に同化してしまう。
 ハットゥシャシュは広大である

トルコindex   トップへ 資料請求